約 1,076,750 件
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/717.html
ガシャン!とデルフリンガーを地面に投げ捨てる。そうしておいてギアッチョは キュルケとルイズを交互に睨んだ。 「勝てる相手かどうかも考えずによォォ~~・・・ただ条件反射で突っ込んで、挙句 仲間の命まで危険にさらす・・・今てめーがやったのはそれだキュルケ」 ギアッチョはキュルケの顔を覗き込んで続ける。 「そんなのは『義務』でも『覚悟』でもねぇ・・・ただの無謀だ てめーは根拠もなく まぁなんとかなるだろうと考えたな え? 最も忌むべきもの・・・無知と驕りから 来る過信だ」 一切の容赦無く、ギアッチョは冷厳として事実を述べる。曲がりなりにも貴族である キュルケは何とか言い返したかったが、彼がいなければ親友は死んでいた―― 自分が殺していたと思うと、己には何を言う資格もないと理解した。 「ルイズ、てめーもだ」 キュルケが悄然としてうつむいているのを意外そうに見ていたルイズは、ハッと 我に返って姿勢を正す。 「こいつが走り出した時、おめーは爆発でフッ飛ばしてでもキュルケを止めるべき だった 二人一緒なら勝てると思ったか?それとも倒せる自信があったってワケか?」 どうなんだ、と凄むギアッチョに、ルイズもまた言葉を返せなかった。いざとなれば ギアッチョが助けてくれる。彼女は無意識のうちにそう考えていてしまっていた。だが 現実はどうだ。タバサがいなければ、ギアッチョが辿り着く前に自分達は死んでいた だろう。周囲の状況も、自分の実力も鑑みず、安易に自分の使い魔に頼って しまっていた。ルイズは自分がとても情けなくなったが――それと同時に、彼女の 心にはとてつもない不安の波が押し寄せた。 ギアッチョは自分に幻滅した・・・? ふと浮かんだその言葉は、一瞬でルイズの心に波紋となって爆発的に広がった。 ――そんなのいやだ・・・! ギアッチョ。私の唯一成功した魔法の結果。私の唯一の使い魔。私の唯一の味方。 私の唯一の、私の――・・・! ルイズの頭をさまざまな言葉が駆け巡る。 幻滅、失望、諦観、厭離、侮蔑、嘲笑、忌避、放逐・・・。 ――いやだ嫌だ、そんなの嫌・・・!! ギアッチョに見放される恐怖で心が埋め尽くされてしまったルイズには、彼が何故 怒っているのか、何が言いたいのか・・・その真意を汲み取ることなど出来なかった。 「てめーに出来ることをしろ」と言うギアッチョの言葉も、ルイズの耳に届くことは なかった。そしてそれが故に――ルイズは重大な錯誤をすることになる。 説教を終えてデルフリンガーを拾い上げるギアッチョに、キュルケがおずおずと 声をかける。 「・・・あの ギアッチョ」 「ああ?」 まだ何かあるのかといった顔をキュルケに向けるギアッチョに、 「――ごめんなさい」 キュルケがストレートな謝罪を発した。ギアッチョは怪訝な顔でキュルケを眺める。 「あなたのこと誤解してたわ・・・本当にごめんなさい」 ギアッチョは自分の親友を助けた。それも、一歩遅ければ当のタバサとシルフィード 共々潰される危険を冒してまで。今までの行動がどうあろうが、その事実だけで キュルケが彼を信じるには十分にすぎた。 ギアッチョはトンと肩にデルフリンガーを担ぐ。 「疑われたり監視されたり命を狙われたり・・・そんな事は日常茶飯事だ 気にしちゃ いねー」 ギアッチョはそう言うとキュルケ達に背を向けた。 「しかしよォォ こんな役割はプロシュートかリゾットにやらせるもんだ オレのキャラ じゃあねー・・・もう同じことを言わせるんじゃあねーぞ」 ひょっとして、意外と面倒見は悪くないのかしら。そう思ったキュルケは、 「・・・分かったわ」 そう答えて少し相好を崩した。 翌朝。オールド・オスマンは学院中の教師を一室に集めた。集まった教師達は、 口々に誰が悪いだの自分は悪くないだのと責任を押し付けあっている。 目撃者としてタバサと共にコルベールに呼ばれたキュルケは、そんな状況に 嘆息しつつ同じく召致されたルイズに眼を遣る。心なしか気分が沈んでいるように 見えるが大丈夫だろうか。「昨日の説教がそんなに効いたのかしら」などと考えて いると、騒ぎ続ける教師達を制止してオスマンが話を始めた。 宝物庫が破られたのは教師全体の責任であること、奪われたのは破壊の杖で あること、犯人は目撃者達によるとトライアングルクラスの土のメイジ、恐らくは 土くれのフーケであること、そしてオールド・オスマンの秘書であるミス・ロングビルが 徹夜の調査でフーケが隠れていると思しき場所を発見したこと。 以上のことを述べてから、学院長は教師達を見渡してフーケ討伐の志願者を募った。 ところが、手を上げる者はなかなか現れない。もしも失敗すれば、自分の名は地に 落ちる。或いは殺されてしまう可能性すらあるのだ。教師達がしりごみするのも、 分からなくはない。 不甲斐ない教師共の代わりに思わず杖を掲げそうになったキュルケだが、 ギアッチョに「出来ることをしろ」と言われたことを思い出して気持ちを抑えた。 誰も手を挙げないからと言っても、自分はただの生徒なのである。放っておけば 志願しなくとも教師の誰かは行かされる。トライアングルが数人がかりなら、 いくら土くれのフーケと言えども逃げ切れはしないだろう。わざわざ自分から 死地に赴くような真似をする必要はない。そう思っていると―― スッと杖を掲げた者がいた。杖の持ち主を確認して、キュルケは眼を見張る。 得体の知れない平民を使い魔に持つ少女、ルイズ・ド・ラ・ヴァリエールだった。 ギアッチョの信頼を取り戻すべく彼女が取った方法、それは土くれのフーケを 倒し、自分も役に立つのだと証明することだった。 「ちょっ・・・!あなた何やってるのよ!」 キュルケは慌てて止めに入る。 「うるさいわねキュルケ 見なさいよ、誰も手を挙げないじゃない!」 ルイズの言葉に教師陣はうぐっと息を詰まらせるが、彼女が言いたいのは そんなことではない。キュルケはちらりとルイズの後方に控える男、ギアッチョを 見た。ギアッチョは冷徹な眼でルイズの後頭部を見ているが、特に何も言う気配は ない。「ちょっといいのそれで!?」とキュルケはギアッチョを小声で問い詰める。 「あなたが言ったんじゃない!出来ることをしろって!」 しかしギアッチョは何も答えず、ただルイズを見つめている。 ダメだ、このままではルイズが一人で――正確には二人でだが――行かされて しまう。キュルケは迷った末に、覚悟を決めた。 「あぁあもう!微熱のキュルケ、志願させていただきますわ!」 出来ることをしろと言うのなら――出来る限りでルイズを守ってやらなくては。 そんなキュルケを、ルイズは不審そうに見つめている。 ――どこまで鈍感なのよこのバカはッ! キュルケは出来ることなら怒鳴りつけてやりたい気分だった。 そんな二人を横目で見て、タバサは観念したように杖を掲げる。思い思いの 感情で彼女を見る二人に、タバサは一言、 「心配」 と呟いた。その言葉にルイズとキュルケが感動していると、教師達から次第に 批判の声が上がり始めた。曰く、「子供が何を言っているんだ!」「生徒を危険に さらすわけにはいかないでしょう!」などなど。しかしオールド・オスマンがそれでは 誰か志願する者はいるのかと問うと、彼らは途端に静まり返る。 「やれやれ・・・ よいか、彼女らはただの生徒ではあるが、敵の姿を見ているのだ その上、ミス・タバサは若年にして既に『シュヴァリエ』の称号を持つ騎士であると 聞くぞ」 周囲にざわっと驚きの声が起こる。キュルケやルイズも驚いた顔でタバサを見て いた。老練のメイジはそのまま言葉を継ぐ。 「ミス・ツェルプストーはゲルマニアの高名な軍人家系の出で、彼女自身なかなかの 使い手であると聞く」 そして、と言いながらオスマンはルイズを見る。 「そして・・・あー・・・」 学院長はわずか言いよどんだが、すぐに威厳を取り戻した。 「ミス・ヴァリエールはかのヴァリエール公爵家の息女であり、将来有望なメイジで あると聞いている そして彼女の後ろに控えておる使い魔は、平民の身で ありながらあのグラモン元帥の息子を打ち負かしたそうではないか」 彼女らを派遣することに文句のある者は前に出よ、と言って締めるオスマンに、 意見を唱えるものなど一人も居りはしなかった。 ガラッ! ――いや、一人だけいた。その男は扉を開けて入ってくると、あっけに取られて いる教師達への挨拶と立ち聞きの謝罪もそこそこに、本題を言い放つ。 「この僕、ギーシュ・ド・グラモンを討伐隊に加えてはいただけないでしょうか!」 豊かな金髪とセンスの悪い服の持ち主、ギーシュであった。 「ちょっ・・・いきなり入ってきて何言ってんのよあんたは!」 最初にツッこんだのはルイズである。それにキュルケが続く。 「あなた病み上がりでしょう?何考えてるか知らないけどやめておきなさいよ」 しかしオールド・オスマンは彼女らを片手で制して言う。 「理由を聞こう、ミスタ・ギーシュよ」 「はい! 僕は先の決闘で、ミス・ヴァリエールの使い魔・・・このギアッチョに 敗北しました」 ギーシュは語りだす。周りの人間達は――ルイズやキュルケでさえ、ギーシュの 奇行に困惑していたが、ギーシュは全く意に介さず先を続ける。 「彼は決闘の前、僕に『覚悟』はあるのかと尋ねました それに対して僕は そんなものは必要ないと嘯き―― 結果は皆さん御存知の通り、完膚なきまでに 敗れ去りました」 そう言って彼はギアッチョに眼を向ける。その眼に迷いはなかった。ただし、彼の 膝は相変わらずガクガクと震えてはいたが。 「僕はその時から、『覚悟』という言葉に取り憑かれているんです 彼の言う『覚悟』 とは一体何なのか 彼と僕を・・・いえ、我々殆どのメイジを隔てている何か強大な 壁・・・僕はそれが『覚悟』なのだと思ってます そして、ならばその正体は一体 何なのか? 僕はそれが知りたい 理由はそれだけです・・・オールド・オスマン」 部屋中を沈黙が支配した。殆どの者はギーシュの言ったことの意味を量りかねて いるようだったが、オールド・オスマンはそれを理解したようだった。 「・・・なるほど それでは直接本人に聞こうではないか どうだねギアッチョ君 彼・・・ギーシュ・ド・グラモンの同行を許可するかね?」 決断を任されたギアッチョは、ふぅっと一つ溜息をついてから、魔物じみた双眸で ギーシュの眼を覗き込む。ギーシュはそのあまりの気迫に今すぐ謝って逃げ出し たくなったが、全身の力を集中させて――冷や汗をダラダラ流しながらも、 何とかギアッチョの視線を受けきった。 「・・・やれやれ 勝手にするんだな・・・ただしよォォーー てめーのケツはてめーで 拭け 間違っても仲間がいるからなんとかなるなんて思うんじゃあねーぞ」 「・・・あ、ああ!約束しよう!」 交渉は成功した。喜ぶギーシュを見てやれやれと言わんばかりに首を振る ギアッチョだったが、直ぐにオスマンに向き直ると、 「爺さんよォォ~~ ついでに聞いておくが」 一つ確認しておくことにした。「貴様、オールド・オスマンになんということを!」等と 言う声が聞こえるが全く気にしない。 「そのフーケとやらよォォーー・・・殺してもいいんだろうなァァ」 殺す。あまりにも淡々と吐き出されたその単語に、教師達はまたも固まった。 そして誰にも気付かれなかったが、ミス・ロングビルもその耳を疑っていた。 オスマンはピクリと眉を上げたが、直ぐにいつもの好々爺然とした顔に戻る。 「それは遠慮してもらいたいのう 処理が色々と面倒じゃからの」 その返答に、ギアッチョは面倒臭そうな顔をしたものの特に文句は言わなかった。
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/363.html
不可思議な鏡に飲み込まれた時、ジョセフは死すら覚悟していた。 だが鏡が消えた瞬間、まばゆい光の中に存在していたのは自分のみ。 孫の承太郎もDIOの死骸も、自分の周りには存在しない。それだけでも自分のやるべきことを為せた、という安堵感が自分を包んでいた。せめて願わくば、自分が遺して来てしまった愛する者達が悲しまないでくれればいい……今のジョセフが願うのは、ただそれだけだった。 そして更に光が眩しくなって行く中、ジョセフは満ち足りた気持ちに包まれながら目を閉じ――た次の瞬間。 空中に投げ出された浮遊感が唐突に全身を包み、続いて地面に叩きつけられる衝撃がジョセフを襲う。 「ぐふぁっ!?」 衝撃はさほどではなかったが、まだ治し切っていない傷にはやや響く。 「アイチチチチ……な、なんじゃ、ここは?」 余りの状況の変化に、ジョセフは思わずキョロキョロと周囲を見渡す。 気が付いたら、鮮やかな青空と美しい草原が広がっていた。 そして自分を取り囲むように立っている、学生服の上に黒いマントを羽織った少年少女達。……と、見たことあるような動物達と、見たことないような動物……と言うか、明らかな怪物達。 数歩離れた場所には、真ッピンクのロングヘアのチンチクリンな少女(好みにうるさいジョセフの目からしても、十分に美少女と言える類の美少女だ。凹凸がないのもそれはそれでいい――ジョセフはそう思った)が憮然とした顔で自分を見つめ……いや。睨み付けていた。 ジョセフはかつて、ヒマを持て余してぶらりと入った映画館で、ポップコーン片手に見ていたファンタジー映画のワンシーンをふと思い出した。 鼻をくすぐる草の匂い、春を思わせる柔らかな風と日差し。 砂と猛暑のエジプトに慣れていた肉体には唐突過ぎる状況の変化。ジョセフは即座に片膝立ちとなり、左手に持っていた帽子を被る。視線は周囲を注意深く見渡し、どのような攻撃が来ても対処できる体勢を整えるのは、もはや条件反射とすら言っても良かった。 (これは……なんじゃ! スタンド攻撃か!? じゃが……これほどまでに大掛かりな効果を与えるとは考えづらいッ。だとすると、わしは『瞬間移動を食らった』と考えるのが一番無難じゃろうな……) だが瞬間移動だとすると、蘇生したばかりの自分一人ではあまりに分が悪すぎる。 手負いの状態で果たして何処までやれるのか。と、そこまで瞬間的に思考を走らせて、ふと気付いた。 目の前に立っているピンク少女も含めて、少年少女達には殺気が無い。 ピンク少女は怒りがヒートアップしているのが手に取るようにわかる。が、少年少女達は何やら笑いあっている雰囲気こそはあれど、襲い掛かってくる様子など微塵も無い。 聞こえてくるのは「おいおい、サモン・サーヴァントで人間呼び出したぜ?」「しかも平民の爺さんだ」「やったッ! さすが『ゼロ』、俺達には出来ない事をやってのけるッ! そこにシビれる憧れないッ」などとはやし立てる声と、笑い声。 だがジョセフは万が一の場合に備え、どうにでも動ける体勢を続けたまま目の前の少女を見やり。口を開こうとしたジョセフより僅かに早く、少女が口を開いた。 「あんた、名前は?」 「……わしか」コンマ数秒躊躇してから、ゆっくりと名を名乗った。「ジョセフ・ジョースターじゃ。あんたは?」 不本意、という言葉を顔全体でこれ以上ないほど表現しきった憮然とした面持ちで、少女は名乗られた名前を聞き。緩やかに腕組みをした。 「あんた、どこの平民?」 人に名前を聞かれても当然のようにスルー。質問を質問で返される無礼にカチンと来たが、その程度でキレないくらいには年齢を重ねてきたジョセフである。 それにしても『平民』とは。イギリスに住んでいた子供の頃に聞いて以来、やっと聞いたような死語ではないか。 「今はニューヨークに住んでおる」 「ニューヨーク? 聞いたことないわね。どこの田舎よ?」 ジョセフはそう答える少女の表情を見て、彼女は嫌味や皮肉でニューヨークを田舎だと称したのではない、と判じた。 彼女はニューヨークを“知らない”のだ。 「じゃあここはどこじゃ?」 「あんた、貴族に平民がそんな口叩いていいと思ってんの? そもそもあんたみたいな平民がこうやって貴族に口を利いてもらえるだけでも有り得ないことなのよ」 尊大な態度で、膝立ちのジョセフを見下ろす少女。どうやら自分に貴族の威厳とやらを見せ付けて威張っているつもり、らしい。 しかしジョセフは貴族の威厳とやらを非常に大胆にスルーし、現段階で判断できることを頭の中でまとめていた。 (……これは。DIOとは関係がない可能性があるかもしれん……ヤツの手の者なら、このようなまどろっこしい小芝居などする前にわしを殺しておる。手負いのワシなぞ幾らでも殺せるんじゃからな。 そもそも吸血鬼とか柱の男とかスタンドとかあるんじゃ。またわしの知らん『何か』があるとしたって今更驚きゃせんわいッ) そうとなれば、後は情報を収集し、現状を把握せねばなるまい。ジョセフは、しばらく様子を見ることに決めた。 ピンク少女はほんの少しの間、ジョセフを睨み付けていたが勢い良く背を向けると、U字ハゲの黒マントへと駆け寄っていった。 そこで何やら「もう一度召喚を」「春の使い魔召喚は神聖な儀式なので一度きり」などという会話が漏れ聞こえてくる。 (もしかしてアレか) ジョセフはイヤァな予感がした。 (わしは召喚されちまったということか。それも使い魔として! じゃあ誰の! 誰の使い魔じゃというんじゃ!) 答えはとっくの昔に出ている。 しかしそれは認めたくない。出来れば何かの間違いであってくれとすら思う。 1 ハンサムなジョセフは突如としてこの危機を脱するアイディアを思いつく 2 仲間が来て助けてくれる 3 現実は非情である。ピンク少女の使い魔になろう! (1! 1を思いつくんじゃジョセフ・ジョースター!!) ハゲ親父との会話が終わって、ピンク少女がジョセフを振り向く。だがジョセフ自慢の脳細胞は危機を脱するアイディアを思いついてはくれない! (じゃ……じゃったら2! 2でいいッ!) ピンク少女が渋々といった様子でこちらに歩いてくる。現実逃避気味に仲間が来ることを願うが、仲間が来る事がないのは誰ならぬジョセフが一番知っている。 (さ…3かッ! 3しかないというのかッ!) 呆然と跪いたままのジョセフの前に立った少女は、それでもしばらく躊躇ったり視線をそらして再び視線を戻したり、また躊躇ったり。 そして意を決したか、真っ赤になった顔と手に持った杖をジョセフに向け、早口で言い切った。 「……か、感謝しなさいよね! 平民が貴族にこんなことされるなんて、普通はありえないんだから! あんたをわたしの使い魔にしなきゃならないから、仕方なく……そう、仕方なくよ! 仕方ないんだからね!!」 へ? と頭にクエスチョンマークを浮かべたジョセフは、僅かな隙を突かれた。 「我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。五つの力を司るペンタゴン。この者に祝福を与え、我の使い魔となせ」 ピンク少女が杖を自分の額に当てたかと思うと―― 自分の唇は、少女の唇で塞がれていた。 驚きに見開いたジョセフの視界には、固く固く目を閉じた少女の顔。 その瞬間、ジョセフは (や……役得というやつかッ! これなら別に使い魔になってもいいかもしれんッ!) と、これまでの自問自答を捨てて「3 現実は非情である。ピンク少女の使い魔になろう!」を選んでいた。 だがその幸福感も、ほんの数秒だけだった。 少女が唇を離した瞬間ッ! 『左腕に感じる焼き鏝を押されたかのような痛み』ッッッッ!! 「うおおおおおおッッッッ!!!?」 理解不能理解不能理解不能ッッッ!! 五十年前に失ったはずの箇所から! 明らかに! 焼き鏝を押されたかのような痛みを感じている!! ついぞしばらくしたことのない『左腕を押さえて蹲る』ジョセフを見下ろした少女が、あきれたような声を投げかける。 「大袈裟ねー。大丈夫よ、『使い魔のルーン』が刻まれてるだけだから」 (そりゃお前さんは焼き鏝なんぞ押されたことはないじゃろうからなッ!) という言葉も、左腕から未だ感じてしまう痛みが飲み込ませる。 既に熱は引いたが、義手から感じる痛覚、という奇妙な感覚がジョセフに新たな疑問を生じさせる。本当に何が起こったのか、何か起こっているのか、詳細な情報収集が必要だ。 蹲るジョセフとそれを見下ろす少女をよそに、他の連中はそれぞれホウキやドラゴン空を飛んで去っていってしまった。少女に対して、「お前はレビテーションもフライトも使えないんだから歩いて来いよ!」「じゃあね『ゼロ』のルイズ!」と囃し立てながら。 ジョセフは唖然としてその光景を見上げながら、しみじみとこう思った。 (とんでもないところに来てしまったのォ~~~……) To Be Contined → 戻る
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/1033.html
重々しい音を立てて魔法学院の正門が開き、王女の乗った馬車の一行が到着した。 整列した生徒達は一斉に杖を掲げて、王女アンリエッタの来訪を歓迎する。 敷き詰められた緋毛氈の上にアンリエッタが降り立つと、生徒達から一斉に歓声が上がった。 ギアッチョとルイズ、それにキュルケとタバサ、ついでにギーシュとモンモランシーも手を振る王女を眺めている。 正確に言えば、タバサだけは地面に座って我関せずで本を読みふけっていたが。 ギアッチョはしばらく興味深げに王女や御付の人間達を眺めていたが、やがて飽きてきたらしい。 あくびを噛み殺して隣の少女に眼を向けると、ルイズは紅潮した顔で一点を見つめている。 何とはなしにその視線を辿ると、どうやらルイズが見ているのはつばの広い羽帽子の下から凛々しい口髭の覗く、護衛の男のようだった。 「知り合いか?」 と声を掛けてみるが、聞こえていないのかぼんやりと男を見つめたままルイズは何の反応も返さない。 ギアッチョも別に気になっているわけでもなかったのですぐに顔を戻した。 「あの人はきっと魔法衛士隊の隊長だね」 と言ったのはギーシュである。 「何だそりゃあ?」 アンリエッタに鼻の下を伸ばしていたことがバレたらしく、モンモランシーに足を踏みつけられた格好のままギーシュは続けて説明をする。 「女王陛下の護衛隊さ グリフォン、マンティコア、ヒポグリフの三つの隊があるんだが、あのマントの刺繍からするとグリフォン隊だろうね 僕達メイジには憧れの存在だよ」 「・・・マンティコア?」 聞き覚えのある単語に、ギアッチョは記憶を辿る。 ――あれは・・・プリニウスの博物誌だったか? 確か、とギアッチョは思い返す。ギアッチョが読んだ記述では、それはライオンの身体を持つ化け物だった。 それだけなら問題はないのだが、博物誌ではその前後に「人面に三列の歯を持つ」という記述があり、おまけに彼が読んだものにはご丁寧に口の下にもう一つ口がついた顔で人面のライオンが不気味に微笑んでいる挿絵までついていて、その気持ち悪さにギアッチョは一瞬で本を二つに引き裂いたのだった。 更に出禁の図書館が増えたそんな記憶を思い出して、ギアッチョはギーシュに眼を向けて一言、 「てめーらのセンスはわからねー」 と呟いた。 さてその夜。ルイズは未だに思案顔でベッドに転がっていた。ギアッチョやデルフリンガーが何を言っても生返事である。 「それで、ルイズの嬢ちゃんはどったのよ?」 とデルフが問いかけるが、ルイズはやっぱりうわの空で「あー」とか「うー」とか言うだけなので、仕方なくギアッチョが返事をする。 「さぁな・・・昼からずっとこの調子だがよォォ~」 ルイズは何かを思い悩んでいるようだった。 「あのヒゲが憎いなら暗殺してやるぜ」と言おうかと思ったギアッチョだったが、どうもそんな感じの悩みではなさそうだったのでやめておいた。 他に何か言ってやるべきかと少し考えたが、数秒の黙考の後どうせ明日になったら治るだろうと投げやり気味に結論してギアッチョはさっさと藁束に寝転がる。 その時、トントンと決められたような間隔を空けて扉がノックされ、ルイズはその音にハッと飛び上がると急いで服を着て扉に駆け寄った。 果たして、入ってきたのは真っ黒な頭巾をすっぽりと被った少女だった。 ノックの合図はギアッチョにとって懐かしいもの――己が仲間であることを知らせるサインだったので、彼は特に警戒はしなかった。 しかしノックの後に入ってきた人物が黒い頭巾で正体を覆い隠しているとなれば話は別である。 ギアッチョはさりげなくデルフリンガーに手を掛けて少女の動向を見守った。 しかしギアッチョの心配は杞憂だった。少女は黒いフードを外すと、 「ああ、ルイズ・フランソワーズ!お久しぶりね!」 と感極まった声で言うや否や跪いたルイズに抱きついた。 「姫殿下!いけません、こんな下賎な場所へお越しになられるなんて!」 ルイズがかしこまった声で言えば、 「そんな堅苦しい行儀はやめてちょうだい!ルイズ・フランソワーズ、わたくしとあなたはお友達じゃないの!」 フードの少女――アンリエッタ王女は即座にそれを否定する。 ギアッチョは小さく溜息をつくと、デルフリンガーを元の場所へ立てかけた。 聞けばアンリエッタは閉塞した宮廷にうんざりしているらしい。 幼馴染であるらしいルイズとしきりに昔話に興じている。 「・・・・・・結婚するのよ、わたくし」 ひとしきり思い出を語り合った後、王女は無理に笑顔を作ってそう言った。 その声に何か悲しげなものを感じて、ルイズは複雑な顔で祝いの言葉を述べた。 そこで初めて、アンリエッタは藁束の上に座るギアッチョの存在に気付く。 「あら・・・ごめんなさい もしかしてお邪魔だったかしら」 「お邪魔?どうして?」 「だって、そこの彼・・・あなたの恋人なのでしょう? いやだわ、わたくしったら つい懐かしさにかまけてとんだ粗相をいたしてしまったみたいね」 そう言って、アンリエッタはすまないという顔をする。 「こ、恋人?ギアッチョが?わたしの?」 思ってもみなかった角度からの攻撃に、ルイズは少しうろたえる。ちらりとギアッチョに眼を向けると、思いっきり視線がぶつかった。 途端に顔が赤くなるのを感じて、ルイズは理由も分からぬままにバッと俯いて顔を隠す。 「そそ、そんなんじゃありません!これはただの使い魔です!」 「・・・使い魔? 人にしか見えませんが・・・」 アンリエッタは小首をかしげた。 「人です でも使い魔です」 自分をルイズの恋人と勘違いしたアンリエッタをギアッチョは「大丈夫かこのガキ」 といった眼で観察していたが、ルイズにとっては幸いなことにそんなギアッチョの心がアンリエッタに気付かれることはなかった。 「そうよね ルイズ、あなたって昔からどこか変わっていたけれど・・・相変わらずね」 アンリエッタはそう言って物憂げに笑う。 ルイズはギアッチョの凄さをそりゃもう徹夜で語ってやりたい気分だったが、王宮に彼の力を知られるのは流石に不味いかと思い、多少の罪悪感はあるもののそ知らぬ顔で通すことにした。 「――それよりも 姫様、どうなさったんですか?」 この部屋に入ってきた時から、アンリエッタに元気がないことにルイズは気付いていた。 ルイズのその言葉に、アンリエッタは話そうか話すまいか悩む素振りを見せたが、やがてぽつぽつと語りだした。 アルビオンの貴族達が反乱を起こし、今にも王室を打倒しそうであること。 アルビオンを制圧すれば、彼らは次にこの小国トリステインに攻め入ってくるであろうということ。 それらに対抗する為に、トリステイン王女アンリエッタの嫁入りという形でゲルマニアと同盟を結ぶことになったということ。 それらをいちいち大げさな身振りで説明するものだからギアッチョはいい加減うんざりしてきたが、ルイズが真剣に聞いているので仕方なく黙って耳を傾けていた。 この分だと何かの任務を任されるかもしれない。 アンリエッタの話は続く。ゲルマニアとの同盟を阻止する為に、貴族達は婚姻を阻止する為の材料を血眼で捜していること。 そして、ある時自分のしたためた一通の手紙が、その材料であるということ。 「・・・そ、その手紙はどこにあるのですか?」 ルイズの眼は真剣だった。ギアッチョは呆れた顔で彼女を見ているが、特に何も言いはしなかった。 手紙のありかはアルビオン。正に戦の渦中の人、アルビオン王家のウェールズ皇太子が所持しているという。 「ああ・・・破滅です!ウェールズ皇太子は遅かれ早かれ反乱勢に囚われてしまうでしょう そうしたらあの手紙も明るみに出てしまうわ!」 アンリエッタはそう言って泣き崩れる。そんな彼女を見て、ルイズは一も二も無く立ち上がった。 「ギアッチョ・・・わたし達を助けてくれる?」 懇願するようなルイズの言葉にギアッチョは何度目かの溜息と共にやれやれという言葉を吐き出すが、 「・・・ま、オレは使い魔だからよォォ~~ 面倒だがついて行ってやるとするぜ」 実にあっさりと承諾した。 知ってか知らずかルイズの良心につけこむ話し方をするアンリエッタは正直胸糞悪かったが、万一この国が戦争になりでもしたら面倒になりそうだということと、他の国も一度ぐらいは見てみたいという好奇心が合わさった結果そういう結論に達したのだった。その言葉を聞いて、ルイズの顔がぱぁっと輝く。 「姫殿下!わたし達にお任せください!わたしの使い魔がいれば、どんな任務でもきっと達成して御覧にいれますわ!」 そう言ってルイズは凹凸に乏しい胸を誇らしげに張る。デルフリンガーはそんなルイズを見て、 「えらく信頼されてんねダンナ」 と笑ったが、ギアッチョは不機嫌そうに鼻を鳴らすだけだった。もっとも彼が不機嫌そうに見えるのは全くいつものことだったが。 話が纏まると多忙なアンリエッタはすぐに部屋を辞し、ギアッチョとルイズは明日に備えて早々に寝床に就き。彼らの多忙な一日は、こうして終わりを告げた。
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/1051.html
半壊になった教室をルイズは一人で掃除していた。 姿をくらました使い魔をどう叱ろうか授業中ぼんやり考えていたら 教師に目を付けられ、錬金の魔法を前に出て実践することになったのだ。 結果を一言で表すなら、惨劇が起きた。自分で言うのもなんだが日々破壊力に磨きがかかっている気がする。 実はキュルケが掃除を手伝おうかと言ってきたのだが断っておいた。 どうせ裏があるに違いないと思ったからなのだが よく考えたらキュルケは、ルイズに使い魔がいないのは自分のせいだといまだに思っているようなのだ。 そう考えると無下に断ったのは逆に悪かったかもしれない。実際はルイズの使い魔はピンピンしているのだから。 まぁもう少し黙っとこう。そのほうがおもしろい。 そう、それよりも問題はブラック・サバスのほうだ。 もし他の生徒が同じ事を言いつけられたら、使い魔にでも手伝ってもらうのだろうが ブラック・サバスは朝ルイズの下着入りの洗濯カゴを持って(というか食べて)どこかへ消えてしまった。 まさか本当に洗濯に行ったとは思えない。もし本当に洗濯してたらはしばみ草でもアバ茶でも食べてやる。 (帰ってきたらエサ抜きね!) そんなことを考えながら机の破片を拾い集める。 いや、でもあれ何食べるんだろう。まさか下着を口の中に入れたのは本当に食べるために… (もしそんなことしてみなさいよ…エサ一週間抜きにしてやるんだから!) いや、でもあれ何食べるんだろう。 ルイズはポケットから『箱』を取り出す。 壁の一部が無くなり、日の光がいつもよりずっと多く入る教室には影になる部分も多い。 それを確認すると『再点火』してみる。 だが使い魔は現れなかった。 呼ぶためには他の条件がいるのか、はたまたもう呼ぶことさえできない遥か遠くに行ってしまったのか。 ルイズは嘆息で火を消すと、どこで何をやっているのか分からない使い魔のことは一旦諦め、掃除を再開した。 学院の中庭にあるベンチにキュルケは一人で座っていた。 雲ひとつ無い空を眺め、ひとつ嘆息。 それは自分の美貌の為にはよくないことだし、自分のキャラじゃないとは思っているのだが、つい出てしまう。 自分の格好のおもちゃであるゼロのルイズ。それに大きな貸しを作ってしまった。 ツェルプストー家とヴァリエール家の伝統とも言える因縁も含めて、キュルケはルイズをある意味特別視していた。 ルイズとは会えば口げんかするし、しょっちゅうからかってはおちょくる犬猿の仲。 だけど本当に馬鹿にしたことは決してなかった。 特にルイズの日頃の努力を最も知っている自分にそんなことはできない。 だからサモン・サーヴァントへ向けて気合を高めるルイズを心の中では応援してたし 最初ルイズが箱を召喚した時は、またおちょくるネタができたとニヤニヤしつつも とりあえず成功させたことにほっとしていた。 ルイズだってうれしかったはずだ。何度も何度も失敗してとうとう現れた使い魔。 だがそれがあっさり死んでしまった。いや、殺されてしまったのだ…。 気配を感じて視線を空から前方に移す。 ああダメだ。あまりにも悩みすぎて幻覚を見ているようだ。 昨日自分が殺したルイズの使い魔が、キュルケの使い魔のフレイムの尻尾を握ってこっちを見ていたのだ。 (幽……霊?こういうのはあの子のポジションでしょ) 一瞬、無表情な青い髪の親友の姿を思い浮かべる。 そこでキュルケの意識は途絶える。 学院の中にある図書館でタバサは一人本の世界に入り込んでいる……はずだった。 タバサは嘆息する。本当に小さく、本で隠すように。 ここは図書館で自分以外誰もいない。司書の先生すら用事で抜けているようだ。 いつもこの時間帯はこんなものだ。 なのにさっきからずっとこっちに向かって声をかけてくる存在がいる。 基本的にタバサは読書に没頭しはじめると、周りのことなど眼中になくなる。 だが、さすがに同じ事を30分間近く話しかけられ続けると、いいかげんうっとおしくなる。そこで。 「チャンスをや…………」 タバサは本から目をそらさず、手だけ動かし前にいる存在にサイレンスの魔法をかけ音を消した。 一時間後、本を読み終えたときにはすでに声の主も消えていた。 シエスタには嘆息をするような余裕はなかった。今は夕食の準備の真っ最中。 厨房は戦場と化していた。自分の仕事をテキパキとこなしていかないと間に合わなくなる。 (あ、お皿用意しなくちゃ) 頭をクルクルと回転させ、やるべきことを次々とこなしていく。 これは普段のシエスタの仕事ではないのだが、今日は他の使用人に病欠が多いため回ってきたのだ。 なんでも真昼間から幽霊と遭遇して、気分を悪くし寝込んでいるらしい。 マルトーさんは何を馬鹿げたことをと笑っていたが。 (幽霊……そういえば結局朝の使い魔はなんだったんだろう) 作業する手を休めず、朝の出来事を回想する。 唐突に現れた使い魔は、唐突に消えた。なぜかシエスタの洗濯物といっしょに。 使い魔も主人の……確かミス・ヴァリエール……の洗濯に来ていたようだったから 間違えていっしょに持って帰ってしまったのかもしれないが…… できれば返してもらいたかったのだが、あまりあの使い魔にもその主人にも関わりたくないというのが本音だった。 あの使い魔の不気味さは言わずもがなだし、その主人であるミス・ヴァリエールの噂も知っていたからだ。 つまり『ゼロ』のルイズは魔法が使えないくせに、やたらプライドは高いと。 「お前にチャンスをやろう」 後ろから声が聞こえヒッと悲鳴をあげてしまう。あわてて後ろを振り向く。 そこには黒い帽子に黒いマント、人間とはとうてい思えない顔と体、そしてその右手にはなぜかエプロン。 今度は見詰め合うこと数十秒。 「あ、あの…お返しに来てくださったんですか?」 使い魔はシエスタの問いに、エプロンを持つ手を差し出すことで答えた。 「あ、えと、わざわざありがとうございます」 「…………」 「ちゃんと乾いてる。干してくださったんですね」 「…………」 「あ、あの。本当にわざわざお越しいただいたのにスイマセン。今から夕食の準備に取り掛からないといけないんです。本当にありがとうございました」 やっぱKOEEEEEEEEEEEEE。思わず下唇を歯でかみそうになりながら、逃げるようにシエスタは食器棚に向かった。 皿を何枚も重ねて、お盆に乗せる。 一枚、一枚は大した事なくても、生徒の数だけそろえると相当の重さとなった。 両手に力を入れ、よいしょっと持ち上げる。なんとか持てそうだ。 しかしそこで使い魔が道を塞ぐように立っていることに気づく。 「あ、あの……」 不安になりながら尋ねる。すると使い魔は無言でシエスタに両手を差し出したのだ。 (これは手伝ってくれるって事?) 使い魔の差し出された両手の位置からは「お盆を持ちますよ」という意味にしか取れない。 「あの大丈夫です。これは私の仕事ですから」 やんわり断るが使い魔は全く反応しない。きっとお盆を渡すまでその場からテコでも動かないだろう。そんな『凄み』を感じる。 「ありがとうございます。それではお言葉に甘えさせていただきます。向こうの机まで運んで下さいませんか」 そう言うと使い魔はお盆を掴もうとさらに手を伸ばしてきた。 二人の手が触れ合う。予想と違って普通の人間と同じような温かさをその奇妙な手から感じる。 「じゃあ、あの、手を離しますよ?ちゃんと持ってくださいね?」 シエスタは何度か使い魔に確認し、手を離した。 そして使い魔の手に渡ったお盆は、そのまま下へ落下していく。 「どらあ!」 それに即座に反応したシエスタは気合の叫びとともにお盆を空中でキャッチする! 「つつつつつつ使い魔さん!ちゃんと持って下さいっていったじゃないですか!」 半腰に皿の乗ったお盆を両手で抱えるという、かなり無理のある体制のため 足をプルプル震わせながら、上目遣いで使い魔に非難の声を上げる。 「つかんだ!」 使い魔はそれだけ言うと、再びお盆に手を掛けて持ち上げようとするが…全く持ち上がらなかった。 思わず貧弱、貧弱ゥ!と叫びたくなる。どうやらこの使い魔はシエスタより力が弱いらしい。 (やれやれだわ…………) シエスタは思わず心の中で嘆息した。 To Be Continued 。。。。?
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/2454.html
前ページ次ページS.H.I.Tな使い魔 広瀬康一はネアポリスの抜けるような青空を仰いだ。 「いい天気だなぁ・・・」 今彼はイタリアでの用事をすませ(ついでの観光もすませ)ネアポリス駅行きのバスを待っている。バス停にいるのは康一だけだ。 観光名所だという町外れの教会を見てきた帰りである。 人通りが少ないのはシエスタ(イタリアではみんなそろってお昼寝をするらしい)の時間帯だからだろうか。 少々トラブルはあったが、パスポートも帰ってきたし、旅費もまだ十分ある。 康一はこれからフランスも見て回って、最後にパリのディズニーランドに寄って帰る予定だった。 そこまで考えて康一は由花子のことを思った。 「由花子さん、あんまり大騒ぎにしてないといいけど・・・」 由花子に「イタリアへ汐華初流乃という人物を探しにいってくる。」と話したところ、なぜか烈火のごとく反対されたからだ。 あまり人には話さないように、と承太郎さんから言われていたので、しつこく問い詰めてくる由花子に、康一は正直げんなりしてしまった。 結局最後には自分もついていくと言い張る由花子から逃げるようにイタリアにやってきたわけだが、あの由花子さんのことだ。今頃仗助くんたちに当り散らしていることだろう。(由花子はパスポートをもっていなかったので連れて行くわけにもいかなかったのだ。) そこでふと康一は自分の左手に何かの気配を感じて振り返った。 そこにはいつのまにか、巨大な楕円形の鏡のようなものがあった。康一がこのバス停に来たときにはこんなもの無かったように思ったのだが。 「さっきまでこんなのあったかなぁ。」 オブジェかなにかだろうか。康一は鏡に映る自分の顔を覗き込んだ。 鏡に映る自分は二年前から何も変わっていない気がする。 もうすぐ18歳になるというのに康一の身長は157cmのまま一向に伸びる気配を見せない。 仗助くん(180cm)や億泰くん(178cm)と比べてずっと身長が低いのは今更気にしていないが、恋人の由花子さん(167cm)より10cmも低いのは我ながらどうかと思う。 二人連れ立って歩いているとよく店員さんに「ご姉弟ですか?」と言われる。 映画館に行ったときなど、一度何も言わないでいるうちに小学生料金のチケットを渡されてしまった。 そうした勘違いにブチ切れる由花子さんを宥めるのはもうデートの定番になってしまっていた。 ちなみに由花子さんは逆に、高校生だといっても信じてもらえないことが多いくらい大人びているから、カップルと見てもらえないのはしかたないのかもしれない。 康一は人差し指で軽く、鏡の自分の顔が写っている部分を拭ってみようとした。もうこれでイタリアを後にするという状況で、広瀬康一は少々油断していたのだ。 だから、表面を撫でるだけだったつもりの指が一瞬のうちに手首まで飲み込まれてしまったのには心の底から驚いた。 「こ、これは・・・!?」その瞬間手首から全身へと走るように電撃のような衝撃が走った。 「が、は・・・っ!もしかして・・・これは『スタンド攻撃』!?」 康一は意識を手放すまいと気力を振り絞りながら、鏡から手首を抜こうとした。 しかし、鏡はものすごい力でずるずると康一の体を引きずり込む。 とっさに残った左腕でバス停のパイプをつかんで踏ん張るが、今にも離してしまいそうだ。 「ACT3!この鏡を攻撃しろぉぉぉ!!」 「S.H.I.T!」 康一の叫びと共に現れた人影が、鏡を殴りつける! だが、ACT3と呼ばれた人影の拳も鏡に触ることは出来ずに沈み込み、逆にずるずると鏡の中へ引きずりこまれていく。既に両腕を肩まで飲み込まれて身動きもとれない。 「ダ、ダメデス。コイツ、触レナイノニ・・・マジに(Ass Fuckin)『ヘヴィ』ナパワーデス・・・!引キ摺リ込マレマス・・・」 「く、くそっ!どうなってるんだ・・・僕にはこの鏡は壊せないッ!!『本体』を叩くしか・・・」 どこかに『本体』がいるはずだ・・・!康一はこの鏡をあやつっている『スタンド使い』を探そうと首をめぐらせたが、やはり、周りには人影一つ見られない。 「近くに本体もいない・・・!それなのにこのパワーは、遠隔自動操縦型か・・・?」 だとしたら状況は絶望的だ。一人で脱出はできそうにない、本体も見当たらない、そして何よりいつも自分を助けてくれる仲間はここにはいなかった。 せめてこいつのことを誰かに知らせなければ・・・。康一は叫んだ。 「承太郎さーん!」 だがその時既に、ACT3はもう頭部まで鏡に飲み込まれてしまっていた。それまでとは比べようもない衝撃が走り、ついに康一は抗すべくも無く意識を手放した。 前ページ次ページS.H.I.Tな使い魔
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/1703.html
間章 貴族、平民、そして使い魔 塗りつぶしたような王都トリスタニアの闇空に、青い絵具が一滴こぼれた。 王宮へと近づくにつれて、どんどん大きく形を変えてゆく。やがて 夜目にも分かる程鮮やかに竜の姿を取った時、それはぶわりと中庭へ 降り立った。 突然の闖入者に、宮廷内は騒然となった。王宮警護の当直である 魔法衛士のマンティコア隊員達が、次々と駆けつけては風竜を取り囲む。 「ね、ねえ君・・・これは流石に、目立ちすぎなんじゃ・・・・」 竜の背から飛び降りながら不安げに呟く金髪の少年に、 「一刻を争う事態なんでしょう?お上品にやってる場合じゃないじゃない」 すました顔で赤毛の少女。彼女の後から眼鏡をかけた少女が、そして 同時に剣呑な空気を纏った男が降り立つ。最後にひらりと飛び降りて、 桃色の髪の少女は大きく名乗りを上げた。 「わたしはラ・ヴァリエール公爵家が三女、ルイズ・フランソワーズです アンリエッタ姫殿下に取次ぎ願いたいわ」 「ああ、ルイズ・・・!あなた達!無事に帰って来たのですね!」 何故かヴァリエールの名を恐れたマンティコア隊の隊士達によって、 ルイズ達はあっさり謁見の運びとなった。キュルケ達三名を待合室に 残し、ルイズとギアッチョはアンリエッタの居室で対面する。 「姫さま・・・」 二人はひしと抱き合った。そうしてから、ルイズは旅の顛末を説明 してゆく。キュルケ達との合流、陸と空の賊の襲撃、ウェールズとの 邂逅・・・・・・。 「・・・そう、ですか・・・」 全てを聞き終えて、アンリエッタはぽつりと呟いた。 「・・・やはり 殉じられたのですね・・・ウェールズ様は・・・」 「・・・あ、あの 姫様・・・その、ウェールズ様のことは」 「まさか魔法衛士隊に裏切り者がいるとは・・・護衛達のことは 新たに考え直す必要があるかも知れませんね」 「姫様・・・?」 「この手紙とレコンキスタの情報、確かに受け取りました ルイズ、 本当にありがとう よくぞ我がトリステインを救ってくれました」 「・・・・・・いえ、滅相もございません」 ルイズは胸が痛んだ。アンリエッタは今必死に王女として、 政を司る者として振舞おうとしているのだ。ならば、ルイズが その意志を汲まないわけにはいかなかった。アンリエッタの ように、ルイズもまた務めて無機質に言葉を重ねる。 一通り事務的なやり取りを終えた後、アンリエッタはその表情を 少し柔らかくした。 「あの者・・・ワルドとは、杖を交えたのですか?」 「・・・ええ お陰でこの通り、皆傷だらけですわ」 ルイズは軽口を叩いてみせる。その程度には、心の傷も癒えた らしい。それが分かったようで、アンリエッタもくすりと 笑って言葉を継ぐ。 「重傷を負った者はいないのでしょう?あのワルドをその程度の 代償で退けるとは、あなたのお友達は皆頼もしいのですね」 「・・・はい 自慢の友人達ですから」 花のような笑みで、ルイズはそう答えた。 「それに・・・言いましたでしょう?彼がいれば、どんな任務も きっと達成して御覧にいれますと」 アンリエッタはルイズの後ろに控える男を見る。 「ふふ・・・とても信頼されているのですね、使い魔さん もう一度言わせていただきますわ・・・ありがとうございます」 「やるべきことをしただけだ」 どうでもよさげに、彼は答えた。 「それでも、ですわ 本当に、今回は申し訳ありませんでした まさかあの謹厳実直な男が裏切るなど、夢にも思わなかったのです」 謝意を表すアンリエッタを、ルイズが慌てて止める。 「姫様、とんでもないことでございます・・・!恐れながら、 彼の心は幼少より付き合ってきたこのわたくしにも看破すること 能いませんでした 如何な人物であろうとも、あの者の秘めたる 牙を見抜くことは出来なかったと存じます」 少々大げさだが、ルイズの心は伝わったようだった。静かに 立ち上がって、アンリエッタはくすりと笑う。 「そうですね・・・そうかも知れません さて、此度は重ね重ね 感謝しますわ ゆっくりと身体を休めなさいな オールド・オスマンに 言えば休みもいただけるでしょう」 「もったいないお言葉です」 頷いてから、アンリエッタはギアッチョに向き直った。 「わたくしの大切な友達を・・・頼もしい使い魔さん、どうか これからも守ってあげてくださいな」 そう来るとは思わなかったらしい。刹那の沈黙の後、ギアッチョは ちらりとルイズの後姿に眼を遣る。躊躇いがちに頭を掻いて、 「・・・まあ、な」 彼は短く、そう返した。 「・・・成る程 放蕩三昧たぁいかねーわけか」 待合室へと足を向けながら、ギアッチョは一人ごちる。並んで 歩くルイズがそれに言葉を返した。 「そりゃ、地位が高ければ高い程責任は増すものでしょう?」 「ノブレス・オブリージュってやつか 姫さんと言やぁ 好き放題に遊んで暮らしてるようなイメージしかなかったからな」 「・・・イタリアには、王室はないの?」 「ねーな 五十年程前に廃止されたらしいが、よくは知らねぇ」 「・・・廃止・・・?」 王室の廃止など、トリステインの人間にはさっぱり理解出来ない 話だろう。少し考えてみたが、ルイズにもやはり解らなかった。 そのままどちらともなく会話が途切れ・・・二人の間に聞こえる ものは、かつかつと響く靴の音だけ。 やがて沈黙を打ち破って、ルイズが呟くように口にした。 「・・・ねえ さ、さっきのこと・・・本音だったの?」 「ああ?」 何の話か分からずに、ギアッチョは怪訝な顔をする。 「や、だ・・・だから・・・わ、わたしを守ってくれるって・・・」 正確には曖昧に答えを返していただけだったが、ルイズには それがどうにも嬉しかった。そこで、ギアッチョ本人の口から もう一度ちゃんと聞きたかったのだが、 「・・・さてな」 眼鏡を弄りながら、ギアッチョは適当に返事をするだけだった。 「ちゃ、ちゃんと答えなさいよ!もう!」 「まーまールイズ こう見えても旦那はおくゆかしいんだって たとえ死んでもおめーを守り通そうと思っていても、口にゃあ 中々出せないお人柄なのさ いやぁ旦那にも可愛いとこr」 べらべらと喋るデルフリンガーの声にビキビキという音が重なり、 それきり魔剣は完全に沈黙した。「まぁ、それなら確かに 可愛いんだけど」などと思いつつ、ルイズはそれ以上の問答を 止める。ギアッチョの表情は、相変わらず読み取れなかった。 「遅いわよー、ルイズ!」 正体無くソファに背中を預けていたキュルケが言う。 待合室で雑談に興じていた三人は、その言葉を合図に席を 立った。 「お待たせ 本当、遅くなっちゃったわね」 テーブルの上に置かれた水盆に浮かぶ針に眼を遣って、 ルイズはそう答える。時刻は深夜に差し掛かろうとしていた。 中庭へ向かいながら、ギーシュが問い掛ける。 「報告はもう済んだのかい?」 「ええ ・・・詳しくは言えないけど、任務は成功よ あんた達のお陰だわ・・・本当にありがとう」 「何言ってんのよ 覚悟してなさいよ?私達が困った時は、 あなたに助けてもらうんだから」 冗談めかして返すキュルケに、 「と、当然でしょ!今に見てなさいよ!」 とルイズが答える。それを聞いて、ギーシュが笑った。 「アッハッハ ルイズ、喧嘩じゃないんだからさ!しかし 長い旅だったね・・・早くモンモランシーに会いたいよ」 「あら、あなたまだ続いてたの?」 「意外」 本に眼を落としながら、タバサはぽつりと呟いた。 「さらりと失礼な・・・僕達の愛は永遠、そして無限なのさ」 「女と見れば口説きに走る男の言うことじゃないわね」 「あんたが言うことでもないと思うけど」 他愛のないことを喋りながら、ルイズ達はシルフィードの 待つ中庭へ到着する。哨戒を続けているマンティコア隊の 隊士に一礼して、彼女達は空へと飛び立った。 居室の窓辺に立って、アンリエッタは飛び去るシルフィードを 物憂げに眺めた。彼女の右腕であり、実質的なトリステインの 首脳でもあるマザリーニ枢機卿に種々の報告と相談、指示を終え、 アンリエッタはようやく一人の少女に戻ることが出来た。 誰も入れないように命じたその部屋で、彼女は力なくソファに 座り込む。 ゆっくりと右手を開くと、そこには美しく輝く風のルビー。 その深い光を見つめながら、アンリエッタは先刻を思い返した。 この部屋を辞する間際にルイズがアンリエッタに差し出したもの、 それが風と水、二つのルビーだった。 片割れである水のルビーは、褒賞としてルイズに下賜した。 文字通り命を賭けた彼女の働きには、それでも足りない程だと アンリエッタは思っている。――そして、風のルビー。 ウェールズの、それは唯一つの形見だった。ルイズは、 ウェールズは勇猛に戦い、そして散ったと言う。最後に一言、 アンリエッタの幸せを願って逝ったとも。 ルビーを両手で握り締め、俯いた額に強く押し当てる。恋人との 思い出が、アンリエッタの心を無数に駆け巡っていた。 「・・・あなたのいないこの世界の、一体どこに幸せがあると 言うのですか・・・・・・?」 万感の悲哀を込めて、アンリエッタはそう呟く。その声はか細く 震えていた。 「・・・・・・ぅ・・・」 耐え切れなかった。押し込めていた悲嘆が、こらえていた涙が、 堰を切って溢れ出す。 「・・う・・・ぅ・・・ううぅうぅぅうぅ・・・・・・ッ! ウェールズさまぁああぁぁ・・・・・・・!!」 誰も踏み入ることの出来ない部屋で一人、少女はいつまでも 泣き続けた。 前へ 戻る 次へ
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/1010.html
翌朝。 「・・・っうぅん・・・ ・・・・・・ハッ!?」 言い知れぬ不安を感じてガバッと跳ね起きたルイズは、外の明るさを確認して軽く絶望した。 「もっ、もうこんな時間!?ちょっとギアッチョ、起きてるなら起こしなさいよ!」 ベッドから立ち上がったルイズは椅子に座って頬杖をついている使い魔を睨むが、 「・・・ギアッチョ?」 当のギアッチョは、感情の篭らない眼でぼーっと虚空を見つめている。 「・・・ねえ、ギアッチョ・・・大丈夫?」 ルイズの心配そうなその声で、ギアッチョはやっと気付いたらしい。緩慢な動作で、クローゼットを漁るルイズに首を向けた。 「ああ・・・すまねーな」 いつもの気強い態度は全く鳴りを潜めている。原因は明白だった。 ホルマジオ達の死については、ギアッチョにももう整理はついているだろう。 しかしリゾットの死を知ったのは今朝のことなのである。彼の動揺を誰が責められるだろうか。 無神経だったとルイズは思った。そしてそれと同時に今朝の夢が頭の中で反芻されて、ルイズの気分もドン底に沈んでしまった。 ぶんぶんと首を振って、彼女は考える。こんなときこそ主人は毅然としていなくてはならない。 今自分が悄然とした態度を見せれば、ギアッチョの心はますます沈んでしまう。 「ギアッチョ、厨房に行ってきなさいよ シエスタが料理作って待ってるでしょう?」 出来るだけ平静を装って、ルイズはギアッチョに声を投げかけた。 「・・・今日は授業に遅刻してもいいわ ゆっくり食べて来なさい」 ルイズの気遣いに気がついたのか、「・・・そうだな」と短く返事をするとギアッチョは椅子から腰を上げた。 料理を口に運びながら、ギアッチョは軽い自己嫌悪に陥っていた。 リゾット達の死を受け入れるなどと言っておきながら、結局感情を抑えきれていない自分が心底腹立たしかった。 勿論、他人から見れば全く仕方の無いことではある。リゾットの死に加えて、六人全ての死に様を己の眼で見たのだ。 封じたはずの彼の火口から怒りと悲しみが漏れ出してくるのも当然だとルイズもそう思っているのだが、ただギアッチョ自身だけが己を許せない。 リゾットまでがジョルノ達にやられていれば、ギアッチョは怒りを爆発させてしまっていたかもしれなかった。 リゾットがボスと戦い、そして瀕死にまで追い込んだという事実だけが彼の心を慰めていた。 「・・・あの、ギアッチョさん」 いつもの覇気の無いギアッチョを、シエスタは困惑した眼で見つめていた。 「どうかなさいました? なんだかいつもより元気がないように見えるんですが」 「・・・ああ すまねーな・・・ちょっと色々あった」 我に返って言葉を返す。しかしギアッチョのその言葉に、シエスタの表情はますます心配の色を深めた。それに気付いてシエスタは努めて笑顔を作る。 「・・・ギアッチョさん えっと・・・その も、もし辛くなったら いつでも言ってくださいね 私でよければ相談に乗りますから」 いつもと違うギアッチョの様子に気後れしつつも、彼女はそう言って微笑んだ。 同じく心配げにギアッチョを見ていたマルトーも、 「おおよ!俺だって年中無休で乗ってやるぜ!言いたくなったら遠慮するんじゃねーぞ 我らの剣!」 シエスタの言葉を受けてドンと胸を叩く。そんな二人を見て、ギアッチョは自分がどれだけ打ち沈んだ顔をしていたのかをやっと理解した。 ――こんなガキからオヤジにまで心配されてよォォ 何やってんだオレは? ギアッチョは空になった皿にフォークを置いて立ち上がる。 「悪かったな・・・もう問題ねー」 彼の顔からはもう沈んだ様子は伺えない。よく分からないなりに安堵している二人に礼を言ってから、ギアッチョは教室へと歩き出した。 感情が顔に出ていたというのなら、そのせいで心配されていたというのなら。 ギアッチョはすっと顔から表情をなくす。 怒の方面には感情の起伏が激しい男だが、彼も普段は冷静な性格であり、加えて暗殺者時代にそれなりの経験があるものだから無感情に振舞うことはそんなに難しいことではなかった。 ギアッチョは他人に心配されるのは好きではない。いや、正確に言うならば苦手なのである。 別に鬱陶しいとか腹立たしいとかいうわけではなく、要するに慣れていないのだった。目の前の人間に心配そうな顔で何かを言われたり、あまつさえ泣かれたりなどするともう何を言っていいか分からないわけである。 まあ、勿論生前にはそんなシチュエーションなど皆無に近かったのだが。 説教をしたくないというのも似たような話で、つまりは他人に深く干渉したりされたりするのが苦手なのだった。 心配されるのは苦手だ。特にルイズの野郎はしまいにゃまた泣き出すかもしれない、とギアッチョは思う。 ギアッチョが召喚されてからというもの、ルイズはやたら泣いてしまうことが多かったので、ギアッチョの中ではルイズ=泣き虫という式が出来上がっているらしかった。 目の前で頼りにしていた人間が死にかけたり九人分の死に様を見せられたりすれば若干16歳の少女としてはそれは泣かないほうがおかしいぐらいの話ではあるのだが、境遇が境遇である為にギアッチョにそんなことは全く分からなかった。 さて、そういうわけで彼の心の中では小さな爆発が何度も起こっているのだが、とりあえず表面上は感情を出さないことに方針を決めてギアッチョは教室の扉を開ける。 と、その瞬間烈風と共に赤髪の少女が吹っ飛んできた。 「ああ?」 予想外の出来事に少々面食らいつつも、ギアッチョは見事に彼女を抱き止める。 「・・・何やってんだてめーは」 というギアッチョの呆れ混じりの問いに、 「・・・ありがとう 背骨を折らなくて済んだわ」 額に青筋を浮かばせながらも、彼女――キュルケはすました顔で礼を言った。 聞けばそこの長い黒髪に漆黒のマントという何かの映画で見たようないでたちのギトーという教師が、風が最強たる所以というものを披瀝していたらしい。 彼はギアッチョにちらりと一瞥を向けると、何事も無かったかのように授業を再開した。 何だか癇に障ったので嫌味の一つでも言ってやろうかと思ったが、キュルケが黙って席に戻ったのでギアッチョも黙って座ることにした。 勿論貴族の席に堂々と。ギトーはまだまだ風の最強を説明し足りないようで新たに呪文を唱えていたが、突然の闖入者にその詠唱は中断された。 乱暴に扉を開けて現れたのは、鏡のように磨き上げられた頭を持つ男、コルベールである。しかし、今入ってきた彼の姿は乱心したかとしか思えないほど奇妙なものだった。馬鹿デカい金髪ロールのカツラを頭に乗せ、ローブの胸にはひらひらとしたレースの飾りや刺繍が踊っている。ギトーは眉をひそめて彼を見た。 「・・・ミスタ? 失礼ですが・・・そのカツラは?」 「ヅラじゃないコルベールだ」 何かよく分からない拘りがあるらしい。ギトーはとりあえずスルーすることにした。 「・・・・・・今は授業中ですが」 しかしコルベールは、それどころじゃないという風に手を振って言う。 「いいえ、本日の授業は全て中止です」 教室から一斉に歓声が上がった。不満げな顔をするギトーから生徒達に眼を移して、コルベールは言葉を継ぐ。 「えー、皆さんにお知らせですぞ」 威厳を出す為かそう言ってふんぞり返った瞬間に、彼の頭から見事な回転を描いてカツラが落下した。幾人かの生徒がブフッと吹き出し、それを合図にそこかしこから忍び笑いが聞こえる。 一番前に座っているタバサが、旭日の如く輝くコルベールの額を指してぽつりと一言「滑りやすい」と呟き、その途端教室が爆笑に包まれた。キュルケもタバサの背中をバンバンと叩いて笑っている。 「シャーラップ!ええい、黙りなさいこわっぱ共が!」 コルベールは顔を真っ赤にして怒鳴る。 「大口を開けて下品に笑うとは全く貴族にあるまじき行い!貴族はおかしいときは下を向いてこっそり笑うものですぞ!まったく、これでは王室に教育の成果が疑われる!」 王室、という言葉に教室が静まり返る。どうしてそんな言葉が出てくるのだろう。 そんな生徒達の心中の疑問に答えるべく、コルベールが三度口を開く。 「えー・・・おほん 皆さん、本日はトリステイン魔法学院にとって、まことによき日であります 始祖ブリミルの降誕祭に並ぶ、実にめでたき日でありますぞ」 そう言って、コルベールは後ろ手に手を組んで生徒達を見渡した。 「畏れ多くも先の陛下の忘れ形見、我がトリステインがハルケギニアに誇る可憐な宝華、アンリエッタ姫殿下が!なんと本日ゲルマニアご訪問からのお帰りに、この我らがトリステイン魔法学院に行幸なされるのです!」 コルベールの身振り手振りを交えた報告に、教室中がざわめいた。 「決して粗相があってはいけません 急なことですが、今から全力を挙げて、歓迎式典の準備を行います よって本日の授業は中止、生徒諸君は今すぐ正装し、門に整列すること! よろしいですかな?」 その言葉に徒達は一斉に姿勢を正す。そんな生徒達を満足げに見つめて、ミスタ・コルベールは話を締める。 「諸君が立派な貴族に成長したことを、姫殿下にお見せする絶好の機会ですぞ! 御覚えがよろしくなるように、各々しっかりと杖を磨いておきなさい!」
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/2476.html
前ページ次ページS.H.I.Tな使い魔 「説明してもらうわっ!!」 山岸由花子は開口一番に叫んだ。 ここは杜王グランドホテルの一室である。 「やれやれ・・・ノックをすればこちらから開けるってのに。」 空条承太郎は般若のごとき形相で睨みつけてくる由花子を前に、溜息をついた。 山岸由花子は、制止するホテルマンたちを(文字通り)ちぎっては投げ、ちぎっては投げ、『ラブ・デラックス』で部屋の鍵を無理矢理に開けて入ってきたのだ。 「用件は大体見当がつくがな。」 「当然、康一くんのことよ!」 由花子は承太郎に詰め寄った。 「イタリアにいった康一くんからの連絡が、四日前から途絶えたわ。一日一回は連絡するっていっていたのに!そして帰国予定日になっても帰ってこないの!」 「これってどういうわけかしら。康一くんは責任感のある人よ。予定を曲げてわたしに心配をかけるようなことをする人じゃない!なにかあったのよ!」 由花子は拳を握り締めた。 「もし、康一くんに何かがあったら、あんたを絶対に殺してやるわッ!」 由花子の髪がざわめく。 象でも気絶しそうな殺気のなかで、承太郎は静かに口を開いた。 「康一くんは無事だ。」 「・・・なんであんたにわかるのよっ。」 由花子が眉をひそめた。 「康一くんに何かがあったのではないかとは、俺も思っていた。こちらへの連絡も途絶えていたからな・・・。だから康一くんがどうしているか調べることにした。」 「だからどうやってよ!!」 「ジジイ――ジョセフ・ジョースター――に『ハーミット・パープル』で『念写』をさせた。ジジイは電話口で言った、『康一くんは無事だ』とな。そして・・・」 承太郎は一通の手紙を出して見せた。切手も印鑑もあて先すら書いてない手紙である。 「これがさっきSW財団の特別便で届いたばかりの、念写した写真だ。ジジイは、『写真を見ればわかる』といった。ちょうどこれから開けるところでな。」 というと、ペーパーナイフで手紙の上部を切り、写真を取り出した。 「こ・・・これは・・・!」 承太郎はその写真を見た瞬間に冷や汗を流した。 「(ま、まずいぜ・・・『これ』をこいつに見せるわけには・・・!)」 写真を見たまま固まってしまった承太郎に、由花子が痺れを切らす。 「ねぇ。何が写ってるの?わたしにも見せて!」 承太郎は沈黙したまま答えない。 ようやっと、重い口を開く。 「・・・この写真は俺が預かる。見ないほうがいい。」 由花子は目を見開いた。 「どういうこと!?まさか康一くんの身に何かあったわけ!?見せて!」 「康一くんは無事だ。安心しろ。だが、君がこの写真を見る必要は・・・」 「いいから見せろって言ってんのよこのウスラボゲッ!!!」 由花子は承太郎の手から写真をひったくった。 承太郎は早くも二度目の溜息をついた。 なるほど。康一くんは確かに無事である。 写真の康一くんは、ベッドに寝そべる、胸の大きな赤髪の美女に抱きしめられていた。 そしてその腕を、ピンクブロンドの美少女が引っ張っている。 二人とも、康一くんを渡すまいという気持ちが一目で見て取れる。 状況を見たまま一言で説明するならば、『修羅場』の写真なのだった。 承太郎は写真を見つめたまま微動だにしない由花子を置いて、部屋を出た。 廊下では、ホテルの支配人が心配そうにしながら様子を伺っていた。 「部屋の修理費用はスピードワゴン財団に請求してくれ。」 承太郎はそれだけを言った。 ふと気づいて、封筒を逆さに振った。 封筒の中には、小さなメモが入っていた。 『康一くんもやるもんじゃ!!しかしこの写真、由花子くんには見せないほうがいいのぉ。』 「ジジイ・・・。そういうことは先に言え!」 承太郎は支配人を連れてそこを離れた。 「やれやれだぜ・・・」 それが合図だったのだろうか。 300キロはある巨大なベッドが、頑丈なホテルの扉を爆音と共にぶち破った。 前ページ次ページS.H.I.Tな使い魔
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/345.html
形兆は一人で教室の片付けをしていた。それも全力で。 一人なのはルイズに押し付けられたからではない、彼なりの準備だ。 こうすることである程度の『時間』を手に入れる。 その時間で食料と情報、二つの問題を解決する。 それが形兆の脱走準備だった。 そのためにはまずルイズに怪しまれてはならないのだが、 これは簡単だった。 「ご主人様の手を煩わせることも無いでしょう。私一人でやります」 そう言うだけであっさり形兆一人に任せた。 今まで反抗的な態度をとらずにいたことがここで役に立つ。 そして手を抜いて後で叱られるのもいけない。 これに関しては何も言われないことが望ましいからだ。 なるべく早く綺麗にする。そうすれば時間は多く取れる。 故に形兆は全力で掃除をしていた。 「ふう、これくらいで良いか」 形兆がそういった時には教室は元の状態に、いや元以上に綺麗になっていた。 机はミリ単位で正確に並べられ、窓ガラスもそこにあるのか分からないほど綺麗になっていた。 なんというか『キラキラ~』というようなエフェクトがかけられている様にも見える。 形兆が満足そうに笑い、振り向いた瞬間。 驚いているシエスタを見つけた。 「こ、こんにちは」 「こんにちは。それはそうといつからいたんだ?」 シエスタは驚きの表情をしたまま 「たった今です」 と答えた。そしてそのまま教室を見回し、 「これ、形兆さんがやったんですか?」 と聞いてきた。 「そうだが?」 「す、凄いですね」 その瞬間、形兆の腹が鳴った。 自分が空腹であることを思い出し、 「そういえば、どこか食事が出来るところを知らないか?」 と尋ねた。 そして厨房に案内される。 シエスタが賄い食で良ければ厨房の支配者に交渉してみる、と言ってくれたからだ。 交渉の結果、形兆は厨房のマルトー親父に気に入られ、これから先、食事の心配は無くなった。 形兆が半分ほど食べ終えたところでシエスタが席を立つ、デザートを運びにいくらしい。 「ありがとう。何か手伝えそうなことがあったら言ってくれ」 形兆は最後に礼を言う。 「いえいえ、お気になさらず」 そういってシエスタは去っていった。 形兆は食べ終え、厨房の人たちに礼を言ってから厨房を出る。 これからは情報を集めるつもりだったがその必要は無くなった。 厨房の人たちと知り合いになれたため、彼らから聞けることと、ルイズに聞けることをあわせれば良い。 そう考えたためだ。 もともと午後は調べ物をして、ルイズには道に迷ったと言い訳するつもりだったのだ。 しかしこれをするとルイズは怒るだろう。 問題は片付いたのだし、必要以上に怒らせるのは得策とはいえない。 さっさとルイズに合流して機嫌を損ねないようにしよう。 そう思いルイズがいるであろう食堂へ向かった。 だがルイズはいなかった。 もう一度ルイズを探して辺りを見回そうとした時、 「なあ、ギーシュ!お前、今は誰とつきあっているんだよ!」 「誰が恋人なんだ?ギーシュ!」 金色の巻き髪にフリルのついたシャツ、薔薇をシャツのポケットに挿している男、ギーシュと言うらしい、 が周りの連中に質問されているのを見つけた。 形兆は別にルイズとすぐに合流したいわけではない(むしろ遅いほうが良い)ので、時間つぶしに眺めることにした。 ギーシュはその質問に 「つきあう?僕にそのような特定の女性はいないのだ。薔薇は多くの人を楽しませるために咲くのだからね」 そんな風に答えた。 その時、シエスタがギーシュに近づき、何かを渡す。 「あの、落し物ですよ」 ギーシュはそれに答えない。答えたのは周りの友人たちだった。 「その香水はモンモランシーの香水じゃないか?」 「そうだ!その鮮やかな紫色はモンモランシーが自分のために調合している香水だぞ!」 「つまり…お前は今『モンモランシーとつきあっている』……違うか?」 「違うよ。全然違うよ」 ギーシュがそう言いったとき、茶色いマントの少女がギーシュの近くにやってきた。 「ギーシュさま……やはり……」 「全然違うよ。モンモランシーとは全く関係ないよ」 その少女は、ギーシュの頬に平手打ちを叩き込んだ。 「さようなら!」 そういって食堂を出て行った。 すると、別の女の子がやってきた。巻き髪で黒いマントを着ている。 「全く違うよ。ちょっと仲は良かったと思うよ。でもこれは二股じゃないよ」 そしてワインのビンを掴み、そのままギーシュを殴りつけた。 「うそつき!」 そういって食堂を出て行った。 ギーシュは芝居がかった動作で頭から流れてきた血を拭きながら言った。 「あのレディたちは、薔薇の存在の意味を理解していないようだ」 そしてシエスタに向かって言う。 「君が軽率に香水のビンなんかを拾い上げたおかげで、二人のレディの名誉が傷ついた。どうしてくれるんだね?」 シエスタは何も言えず、怯えている。 「いいかい?君が香水のビンを置いたとき、知らないふりをしたじゃないか。 話を合わせるぐらいの機転があってもいいだろう?」 「え……でも」 シエスタは目に涙を浮かべながら何か言おうとする。 「口答えするのかい?」 ―――どこかで同じような光景を見た。 どうあっても抗えないくらい力の差がある相手に一方的に殴られる子供。 昔から自分はそいつを庇っていた。 そして、気がついた時には右手を前に突き出していた。 椅子から落ちて倒れているギーシュ。 目を見開いて自分を見ているシエスタ。 何が起こったのか理解できてない周りの連中。 自分がギーシュを殴ったことに気づく。 ヤバイことをした。だが後悔は無い。 こんなゲス野郎を殴るくらいならいいだろう。そう考えながら右手を下ろした。 ギーシュが立ち上がり、こちらをにらみつける。べつに防御力は下がらない。 「君……いい度胸だね」 「……」 「貴族に手を上げるということは、即処刑されても文句は言えないのだが…」 「……」 「君はミス・ヴァリエールの使い魔だ。特別に決闘で決着を付けるということにしてあげよう」 「分かった……だが一ついいか?」 「なんだい?言ってみたまえ」 「それでこのメイドにはもう何もしないこと、それを約束して欲しい」 「分かった。いいだろう」 形兆の言っていることは『お前は八つ当たりがしたいだけだろう』ということだったが ギーシュはそれに気づくことなく 「ヴェストリの広場で待っている」 そういって去っていった。 「あの…形兆さ」 「おい」 「はい!?」 形兆に何か言う前に先に話しかけられ、シエスタは畏縮した。 「エプロンの後ろの紐、ほどけてるぞ」 そういって後ろに回りこみ、紐を結ぶ。 「え?あ、ありがとうございます」 「それじゃあな」 そういって歩き出す形兆。 去っていく背中を見ながらシエスタは (自分に兄がいたらあんな感じなのかな……) 場違いであることを知りながらも、そんなことを考えていた。 To Be Continued ↓↓
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/1666.html
痩せぎすの男の先導で船の狭い通路を進んでいく六人。この中で身を屈めず歩いていけるのはルイズとタバサくらい。 やがて連れて行かれた場所は、後甲板の後ろに設けられた、船長室らしき立派な個室だった。 開けられた扉の向こうには豪奢なディナーテーブルがあり、そこを囲むように居並ぶ柄の悪い空賊達と、上座に一人どんと居座る頭がルイズ達を待ち構えていた。 汗や油に塗れた小汚い格好だが、その手の中では大きな水晶があしらわれた杖を弄んでいることからも、どうやらメイジだということを全員に知らしめていた。 六人は六人とも、それぞれの意思で沈黙を守っている。 これから愉快なコメディの幕が開くのを待っているようなワクワクとした笑みを見せているのはジョセフとキュルケ。 我関せずとなおも本から目を離さないのはタバサ。 飄然と立っているだけのワルド。 荒々しい空賊達の睨みに気圧され怯えながらも、それでも貴族のプライドに縋って精一杯の憎憎しい目つきで空賊を睨み返すギーシュ。 そしてルイズは、小さな身体を凛と立たせ、きっと頭を睨みつけていた。 今までに見たことのない六者六様の反応を見せるルイズ達を眺めていた頭は、ニヤリと愉快げに笑った。 「トリステインの貴族はプライドばかり高いが、お前達は極め付けだな。名乗ってみせな」 「大使としての扱いを要求するわ」 頭のセリフを何の躊躇いもなく無視してみせるルイズ。 「たかが空賊がトリステイン王国の大使に口を利いて貰えるだけでも身に余る光栄だわ」 頭もまたルイズの暴言を何の躊躇いもなく無視してみせた。 「王党派だと言ったな」 「同じことを何度言わせる気かしら」 「何しに行くんだよ。あいつらは明日にでも抹殺されちまうぜ」 「それがどうしたのよ。あんた達に言っても仕方ないでしょ」 大勢の空賊達の前で怯えも見せずしらっと挑発を続けるルイズに、頭は楽しげに語りかけた。 「貴族派についたらどうだい。今のあそこならメイジとなりゃ高い金で雇ってくれるだろうさ」 「笑わせるわね。トリステインの大使に王座泥棒の片棒を担げだなんて。まるで韻竜にネズミの死骸を薦める様な所業だわ」 立て板に水とばかりに辛らつな言葉の刃を投げかけるたびに、空賊達の目の鋭さがより磨がれていくのをギーシュは否応なしに感じ取っていた。 横目で恨めしげにルイズを見るが、その横ではジョセフがそんなルイズを満足げに……そう、可愛い孫を見守る祖父そのものの目で暖かく見守っているのを見て、ギーシュは何もかもを諦めた。 あんな甘い祖父が横にいる孫が張り切らないはずが無いからだ。 「もう一度言う。貴族派に付く気はないかね」 最後通牒とも言える頭の言葉に、ルイズは胸を張って答えた。 「ネズミの死骸はそれに相応しい者が食らうべきだわ。私が食べるものではないのよ」 これ以上はない完全な拒絶の後、不意に拍手が沈黙の室内に鳴り響いた。 拍手の主はジョセフであった。 「よく言った! そこまで言えるとは大したモンじゃッ!」 と、再びわしゃわしゃとピンクの髪を撫でた後、ニヤリと笑って頭を見た。 「そちらさんも意地が悪い。こんなどこからどう見ても頭の固いトリステイン貴族の雛形に、そんな甘い言葉なんぞ百も千も用いたところで効果が無いのは先刻承知だろうに」 「ほう? そう言うお前は何だ。……貴族ではないな」 興味深げに、だが威圧を込めた視線でジョセフを射すくめる頭。人を射すくめるのに慣れた眼差しだったが、ジョセフもまたそのような眼差しを受けることに慣れた男だった。 「使い魔じゃよ」 「……使い魔?」 「お前さんに生意気な口を叩いてるこのルイズのな」 頭だけでなく、周りの空賊達もが一斉に笑った。 「ははははは、御老人よ。生まれてこの方こんな愉快な冗談は聞いたことが無い! まさかトリステインの貴族相手からこんな冗談を聞けるとは夢にも思わなかった!」 ジョセフもニカリと笑って見せると、当然のように言葉を返した。 「王党派も大変じゃな、空賊の真似事までせにゃならんほど追い詰められてる! 使い魔の老人、王党派の空賊! この部屋は冗談の詰め合わせと言ったところかなッ!」 その言葉に、再び爆笑が巻き起こる船長室。 まだ事情が飲み込めていないのはルイズとギーシュくらいのものだった。 頭はばんばんとテーブルを叩くほど盛大に笑ってから、やれやれと首を振りながら背凭れに凭れ掛かった。 「――参ったな、これでも随分と空賊稼業には慣れていたつもりだったんだが。どこにボロがあったのかな」 「ボロも何も。あんなに硫黄に目の色変えてたくせに、ルイズのルビーやわしらの身ぐるみには一切興味を示さん空賊などおるわけがない」 ジョセフはそう言いながら、くつくつと喉の奥で笑った。 「硫黄が欲しいのは貴族派に売るためじゃない、自分達で使いたいから。そしてちょっとした小金に興味を示せないほど明日の命をも知れん連中が、今のハルケギニアにはそんなに多くいるというワケじゃあないわなッ!」 ふんふんと頷きながら聞く頭からは、先程までの粗暴な雰囲気が嘘のように消えていた。 大きな混乱に巻き込まれたルイズが頭から周囲の空賊達に視線を移せば、彼らの誰もがこれまでの空賊めいた柄の悪さが消えているのが判ったほど、彼らの態度は変貌していた。 「で、こんな航海に必要な穀物や酒に火薬を満載した船倉にわしらを入れた、というのもそうじゃ。そちらはわしらを人質としてではなく、賓客として扱う心積もりをしとったというコトじゃ。 なのにこんな愉快な三文芝居をしたのは、わしらがあんたらに怯えて貴族派だと言い出さんかどうか見て試そうとした。おおよそそんなところじゃあないかなッ?」 ジョセフの謎解きに、頭は乱暴な笑みではなく、明朗で清々しい微笑を見せた。 「ははは、御老人! 貴方のその目と耳は一体この船の何処に付いていたと言うんだ? 是非この私にだけそっと教えてもらいたいものだ! そこまで理解されているのなら、最早下手な演劇に興じることも無いだろう。 失礼した、貴族に名乗らせるならこちらから名乗るのが礼儀と言うものだね」 周りに控えた空賊達は笑みを収め、一斉に直立する。頭はカツラと眼帯を外し、無造作にテーブルに投げ捨ててから、おもむろに付け髭を外して見せた。 すると百戦錬磨の空賊の頭は、あっと言う間に凛々しい金髪の青年に姿を変えた。 「私はアルビオン王立空軍大将にして本国艦隊司令長官、同時に本艦イーグル号の艦長……と、様々な肩書きを持ってはいるが、今では飾りくらいにしかなりはしない。それでは僕の最大の飾りを披露することにしよう」 若者はテーブルの上で優雅に手を組むと、六人に向かって誇り高く名乗りを上げた。 「空賊船船長とは仮の姿。アルビオン王国皇太子ウェールズ・テューダーだ」 ルイズは小さな口をあんぐりと開けて皇太子を見た。ワルドはほうと興味深げに皇太子を見た。キュルケはあらいい男、と皇太子を見た。タバサは本から視線を離さない。ジョセフは皇太子が直々に空賊か、と少々驚いた。そこまではさしものジョセフにも予想外だった。 そしてギーシュは、あ、あ、あ、と、言葉にならない声を断続的に発しながら、油の切れた出来の悪いからくり人形のように首を軋ませてジョセフを見た。 ジョセフは横目でギーシュを見ると、少しの哀れみと盛大な呆れを混ぜこぜた表情を帽子の下から見せ付けた。 「ギーシュよ、オイシイ話があったらすぐ飛び付くのはやめとけ。ひとまず疑ってかかるくらいはしてもバチは当たらんぞ」 「よ、四百……四百エキュー……」 ジョセフとキュルケへの負け分、合わせて四百エキューを一瞬で失う破目になったギーシュが、大勢の目の前にも拘わらずがっくりと膝を付いてしまったのは仕方のない事だった。 何事か、と訝しげにギーシュを見やる皇太子にジョセフが賭けの事を説明すると、またもウェールズは高らかに笑った。 「全く! 君達の腹の据わり具合といったら! 最近のトリステイン貴族は随分と有望株が揃っているようだね! では改めてアルビオン王国へようこそ、大使殿。御用の向きは如何なるものかな」 悠然と言葉を紡ぐウェールズに対してトリステインの大使は、呆然と立ち尽くしていた。 「こちらが説明するようなことはおおよそそこの御老人が説明してくれたからね。せっかくの私の楽しい種明かしのセリフを取られてしまったのが何とも痛快とも言える。 我が国でさえ王党派など圧倒的な少数派だというのに、よもや外国に我々の味方がいるだなどと夢物語を容易く信じられる状況ではなかったのでね。君達を試すような真似をしてしまって申し訳ない」 ウェールズが楽しげに言葉を続けても、ルイズはなおも意識が現実に戻りきっていなかった。 目当ての人物とこんな場所で出会ってしまうなどということに、心の準備も何も出来るはずがないからだ。 懸命に事態を理解しようとするルイズを取り成す様にジョセフが自分達の自己紹介をすれば、ウェールズは満足げに頷いてルイズ達を眺めた。 「せめて君達の様な立派な貴族が我が国にいれば、このような惨めな今日を迎えることも無かっただろうに!」 その言葉にやっとルイズが我に返ってアンリエッタの手紙を取り出そうとしたが、はたとそこで気が付いた。 キュルケとタバサは勝手に自分達の行く先に着いて来てるだけで、正式に任務に参加している訳ではないのだ。 かと言って「あんた達部外者だから席外せ」と言うのも不躾ではないか、と考えてしまい、どうすればいいのかとルイズは戸惑った。 だがキュルケは、そんなルイズを見て薄い苦笑を浮かべながらふぅと溜息をついた。 「こういう時は、堂々と『あんた達は王女殿下から任務を受けてない部外者だから席を外しなさい』と言うものよ。トリステインの大使を務めるならそれくらいのことはちゃんと言いなさい?」 「わ、判ってるわよそんな事! 今言おうとしてたわ!」 追い出す対象から諭されて、恥ずかしさとか怒りとかそんな感情で顔を赤らめたルイズだが、こほん、と咳払いしてキュルケとタバサを見た。 「貴方達は今回の任務とは関係が無いから、一旦席を外してもらうわ」 「はいはい。じゃあタバサ、行きましょう」と、まだ本を読んでいるタバサの手を引いて、自分達を連れてきた痩せぎすの男に目をやった。 「大使の友人ということで、船倉以外の部屋で待機させてもらえるのかしら」 「承知しております。ではこちらへ」 先程までの態度が嘘のような恭しさで、男は二人を連れて部屋を辞した。 二人が出て行ったのを見届けてから手紙を取り出したが、しかし手紙を手にしたまま、まだ訝しげにウェールズを見た。 「あ、あの……失礼ですが、本当に皇太子殿下なのですか?」 ジョセフでさえ、頭が皇太子だとは見抜けなかったほどの堂々たる空賊っぷりを見せていた青年が、「私は皇太子だ」と言い出してもはいそうですかと言えないのは正直な心境だった。 ウェールズは悪戯っぽく笑うと、満足げに頷いた。 「空賊全体としてはボロが出てはいたが、僕個人の扮装はどうやら君達のお気に召したようだ! 少々遊びが過ぎたようだが、僕はウェールズだ。証拠をお見せするとしよう……ヴァリエール嬢、左手のルビーをこちらに向けてくれたまえ」 と、ウェールズは立ち上がりながら左手に嵌めていたルビーの指輪を外すと、それをルイズの手に嵌められた水のルビーに近づける。 すると二つのルビーが共鳴し、虹色の光を周囲に振り撒いた。 「この指輪はアルビオン王家の風のルビー。君が嵌めているのはアンリエッタが嵌めていた水のルビーだろう? 水と風は虹を作る……王家の間にかかる虹の架け橋さ」 愛おしげに虹を見つめるウェールズに、ルイズは失礼を詫びて手紙を差し出した。 真剣に手紙を読み耽っていたウェールズだったが、しばらく手紙を読み進めていくうちに微かな憂いを眼差しに含ませていた。 しかしそれは本当に微かな変化でしかなかった。 「姫は結婚するのか……そうか。私の可愛い従妹は」 ワルドが無言で頭を下げて、ウェールズの言葉を肯定した。やがて最後の一行まで読み終わると、大切に手紙を畳んでから微笑んで顔を上げた。 「了解した。姫はあの手紙を返して欲しいとのことだが、残念なことに姫の手紙はこの船に乗せていない。空賊船にあの可愛らしい姫の手紙を連れてくるわけにも行くまい。 君達には面倒をかけるが、ニューカッスルの城まで足労を願うとしよう」 To Be Contined →